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[日本] 無防備の巡幸



平成21年(皇紀2669年)、皆様には大変お世話になりました。
いろいろあった年でしたが、無事に過ごせたこと嬉しく思います。

今年最後に皇室の話を引用して旧年の締めくくりとさせて頂きます。
新年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。



(引用)
終戦直後の記録


ローマ大帝国も、ナポレオンの国でさえも、一度戦いに負ければ亡びている。
私の国のカイゼル陛下にしても、また生前中は神の如く慕われていたヒットラーも、イタリアのムッソリーニも、戦いに負けたらすべてそのまま残ることはできない。

殺されるか、外国に逃げて淋しく死んでいる。

だから日本の天皇も外国に亡命すると思っていた。

しかし、そんなことは聞かない。
だからすでにこの世におられないと思っていた。

ところが最近、日本から来た記録映画を見て驚いた。
天皇が敗戦で大混乱の焼け跡を巡っておいでになる姿である。

しかも、
二年もの長い間、北の端から、南の端まで、

焼き払われた廃墟を巡って、国民を慰めておられる。
陸軍も海軍もすでに解体されているのに、一兵の守りもないのに、無防備のままで巡っておられる。

平穏無事なときでも、一国の主権者が、自分の国を廻られるその時には、厳重な守りがなされている。
それでも暗殺される王様や大統領がある。

それなのに一切の守りもなく、権力、兵力の守りもない天皇が日本の北から南まで、焼き払われた廃墟を巡る。国民を慰める。

何という命知らずの大胆なやり方であろうか。
いつどこで殺されるか。こう思って映画を見ていた。

しかし驚いたことに、国民は日の丸の小旗を打ち振って天皇を慰めている。

こんなに美しい国の元首と国民の心からの親しみ、心と心の結び、これはどこにも見られないことである。
われわれは改めて、日本を見直し、日本人を尊敬しなければならないと思っている。


~~~ オットー・カロン博士(西ドイツ、ボン大学教授)~~~


戦後、昭和天皇は、国民を激励するためのいわゆる「戦後巡幸」として、数名の進駐軍MPを伴うだけの今の警備体制からは到底考えられないほとんど丸腰の状態で混乱する群衆の中や炭鉱等に入っていきました。

当初、GHQも「敗戦で苦しむ国民の間を回れるものなら回ってみたら」と冷ややかな目で見ており警備をわずかしかつけなかったのですが、実際には、どこでも歓迎の嵐で迎えられ、暗殺など危害を加えようと思えば誰にもできるような状態にも関わらず、石を投げる者もいなかったのです。




(追記)
ただ行けなかった地域が一つだけある。

それが沖縄

この事実を昭和天皇は崩御される直前まで気にするというか、心配していた。
きっと将来によくない影響を残す、と。

で、その心配は現実のものとなってしまった・・・
それを考えると「戦後巡幸」というのが、当時の日本国民にどれだけ影響を与えたかってのがわかると思う。

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